新説 『日本古代史研究』

ーわが国の歴史を取り戻すために

みんなで古代史を考える会 西山恒之

はじめに

 古事記・日本書紀(以下記紀)が作成されたとされる八世紀前半から、およそ千三百年が経過しようとしています。
 明治憲法下にあっては、その記紀認識が、国家による教育の基本として国民に徹底されていました。
 戦後、明治憲法、あるいは記紀認識も国民生活に大きな影響を与えるような位置からは外されました。
 では、その記紀認識が訂正されたとか、新たな歴史認識が構築されたかと言えば、そうはなっていません。
 天皇の戦争責任と同様で、明確な判断が下されることなく今に至っています。
 記紀は、今の天皇制に通じる所謂『大和政権』の正統性を持たせるために作成されたとも言われています。
 しかし、果たしてそこには、『正統性』なるものがあるのでしょうか。
 皇室の祖先は、その記紀に登場する『天照大神』、あるいは『神武天皇』だとされています。
 その『天照大神』は、男性神イザナギ命が禊(みそぎ)に顔を洗った時に目から誕生し、その折に、鼻からは『スサノオ尊』が生まれています。
 全く、あり得ない話です。
 また、天照の曾孫とされる山彦ですが、その妻豊玉姫が出産する時に、山彦は妻から産屋を覗かないようにと言われます。
 しかし、山彦は、覗いてしまいます。
 すると、そこには八尋大鰐(やひろおおわに)がのた打ち回っていたとあります。
 つまり、その妻は、今で言うサメの化身だったのです。
 その時生まれた子と豊玉姫の妹玉寄姫との間に誕生したのが神武天皇です。
 このあり得もしない形で誕生している『天照大神』や『神武天皇』が、皇室の祖先だと今もされています。
 すなわち、皇室の祖先は、人間ではなく『神』であって、これらの話は『崇高な神の歴史』だとされているようです。
 これだけでも、記紀認識にあっては、事実に即してこの列島の歴史が書き残されていないということは明らかです。
 天皇制のみならず、日本国という国がどういう経過で誕生したのかも、記紀にあっては合理的な説明はありません。
 だから、記紀はあまりにも非現実的だということで、ただ単に排除してしまうのは簡単です。
 しかし、それでは、この列島の歴史は、記紀同様に混沌とした世界に引きずり込まれてしまうだけです。
 最も肝心なのは、何故、八世紀前半に、こういった記紀なるものが作成されるに至ったのかということです。
 また、それ以前のこの列島の歴史は、実際のところはどうだったのでしょうか。
 本書では、そういった視点で、この列島の古代史に迫ってみたいと思います。
 今の時代にあっても、この列島には数多くの歴史的遺産が残されています。
 神社、古墳などを始め、東大寺正倉院に残されている宝物、万葉集、あるいはこの列島を記した中国の史書なども含めますと、膨大な資料が私達の前に提示されています。
 すなわち、それは、過去の歴史を伝える『証拠の山』だとも言えます。
 しかし、では、それらが何を意味しているのかとなりますと、多くの場合『不明』とされているのが実状です。
 また、記紀認識によって、その解明が阻害されているような場合もよく見られます。
 この二十一世紀にあって、何時までも記紀に振り回されていたのでは、わが国の古代史解明は、ほとんど不可能に近いといったことにもなりかねません。
 この記紀なるものの意味を明らかにし、同時に混沌としたこの列島の古代史解明に向けて、多くのみなさんにより、さらなる探求が進むことを願って止みません。
 その一端を、もしこの拙書が担えることになるならば、今生の喜びとするものであります。
 また、皆様からの忌憚のないご意見も頂戴いただければと願うものでもあります。
 ご一緒にわが国の古代史を考えましょう。

 そして、それは、今を解き明かすことでもあります。