わが国の古代史の謎を調べようとしても、この国の古代史に関わる資料は、記紀あるいはそれに類する物以外にはほとんど見当たりません。
どうも、処分されてしまっている可能性が高いようにも思われます。
そうなると、中国に残されている史書に頼るしかないようです。
そして、その史書や、現在にまで残っている神社、古墳、万葉集、その他各種発掘された資料等から判断していくと、それでもおよそこの国の古代の姿がおぼろげに見えてくるのです。
そういった、この間の古代史探索を、論文にまとめていこうと考えています。
これまで、わが国の古代史研究の多くは、記紀に基づく歴史観の範囲内でしかありませんでした。
それゆえ、多くの矛盾を解明することができませんでした。
今、わが国の古代史を解明していく上では、この記紀を乗り越える歴史観が求められていると言わざるをえません。
しかし、それには、非常に困難が伴います。
まず、記紀に反する資料はそのほとんどが抹消されていると考えられるからです。
また、歴史的に記紀以外の考え方が抑圧されてきていることも、過去わが国の歴史研究にあっては大きな障害にもなってきております。
それを研究する事すら許されなかったのです。
そういった制約もあり、わが国の古代史解明はなかなか進展しませんでした。
いつまでも1300年前の記紀史観のままでいるようでは、アジアだけでなく広く国際社会の中においても、その歴史認識が障害になってくるということにもなりかねません。
わが国の歴史認識が、記紀を乗り越え、偽りも誤解もなく、より史実に近いものになっていくことを願って止みません。
その一歩になればという思いで、作成していきます。
みなさまの、ご批判ご意見をお待ちしております。
なお、詳細は『古代史を考えよう』等で触れていますので、詳しくはそちらをご参照ください。

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