邪馬台国、卑弥呼、古事記、日本書紀、万葉集等、古代史を徹底解明!
| (映像のご紹介) 南東 南 南西 西 この列島の都を意味する『邪馬台国』は、中国の史書では『邪馬臺(やまと)国』と記され、万葉集でも 『やまと』と詠われています。 しかし、その都『やまと』の歴史は消され、今や『まぼろし』とされてしまっています。 どうしてなのでしょう。 それは、この国の成り立ちの歴史と大きな関わりがありました。 ご一緒にわが国の古代史を探索しましょう。 そして、それは、『今』を解明することでもあります。 みんなで古代史を考える会 西山恒之 |
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邪馬台国、卑弥呼、古事記、日本書紀、万葉集、日本国誕生等、わが国の古代史をご一緒に考えましょう!
古代史探索のきっかけとなったのは、万葉集の中にあるいくつかの歌でした。
そして、そこには数多くの謎や疑問が秘められていました。
また、その謎は、わが国の成り立ちの歴史と密接に結びついてもいました。
そして、それらについてさまざまな角度から調べてきました。
これまでの『万葉集』の研究の集大成として、現時点における到達を公開させて
いただきます。
随時、アップしていきますので、よろしくお願いいたします。
わが国の成り立ちの歴史を検証する中で、そこには大きな歴史の改竄が行われている
ことが分かりました。
それは、唐王朝によってこの列島が征服されていることとも密接な関連がありました。
ここでは、その唐王朝によって、どのようにこの列島が征服されたのか、その軌跡をたどっ
てみることにしましょう。
一見、古事記は、この列島の歴史を記した歴史書かその物語のようにも思えますが、唐王朝・
藤原氏の勢力が読みますと、それは彼らがこの列島を支配する上での戦略を伝え残した指南書
でもありました。
はたして、そこには彼らのどのような思惑が残されているのでしょう。
ご一緒にわが国の古代史を考えましょう。そして、それは今のわが国を解明することでもあります。
みんなで古代史を考える会 西山恒之
古事記・日本書紀・万葉集等は、どういった動機で書き記されたのでしょうか。
どうして邪馬台国は、まぼろしとされてしまったのでしょう。
現在、邪馬台国は、主に九州と近畿を中心とした議論がされています。
しかし、そのどちらの説であっても、わが国の成り立ちの歴史は解明できません。
他に類例を見ない、また既成概念にとらわれることなく検討を加えてみました。
みなさんの、ご意見、ご感想、HP上でお気づきになったことなど、どんなことでも結構です。
お気軽におたよりをください。
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